【生きづらい日本社会】社会不適合者の僕のフリーランス論

「働き方に悩む若者」
会社がダルい。自分は社会不適合者なのか心配だなぁ。
今後、どんな風に働いていったらいいのか悩む。
上記の悩みについて、ぼくなりの考えを解説します。
この記事を書いているぼくは、過去に異業界を2回、転職済みです。3つほど別業界を経験してきたぼくなりの考えです。詳しい職歴はプロフィールに書いていますので、どうぞ。
本記事の内容
社会不適合者の「フリーランス論」が分かる
それでは、いってみましょう。

ぼくなりの結論:フリーランス

社会不適合者はフリーランスもあり
日本の会社は、結構細かいルールやダルい文化があり、過去に2回転職しているぼくは、社会不適合者だと思ってます。
一方で、今後はAIなどの技術革新や少子高齢化で「働き方」が変わっていきます。2016年に厚生労働省が報告している「働き方の未来2035」でも記載があります。
例えば、以下の記載です。

・2035 年の企業は、極端にいえば、ミッションや目的が明確なプロジェクトの 塊となり

・企業に所属する期間の長短や雇用保障の有無等によって「正社員」や「非正規社員」と区分することは意味を持たなくなる。

一部を抜粋しているので時間がある人は、ざっと全体を読んでみる事をオススメしますが、上記の通りでして今後は「企業」だけでなく「個人」も活躍する時代です。
代表的な例は「YouTuber」が挙げられます。この例は極端ですが、目的やビジョンが同じであれば「個人」が集合しプロジェクト形式で進めていく形になっていくわけです。
そうなると、大企業は太刀打ちできないくらいの意思決定スピードで進んでいきます。
要は、日本の会社に生きづらさを感じている人は、無理して適合しなくても、少し早いけど「個人」で活躍できるフリーランスが結構ありかなと思ってます。

日本社会に適合するのは大変

日本の会社への適合が難しいと思っている部分は、以下の通りです。
・残業文化が根付いている
・みんなと一緒が安心
・フレックスをフル活用→マイナス評価
・能無し上司はダルい
・同じ仕事の繰り返し→飽きる
順に解説していきます。

残業文化が根付いている

日本の多くの会社は、まだ毎日残業している社員は"頑張っている"印象を受ける文化が存在します。
理由は、評価制度に残業時間という指標が存在しないからです。
・毎日残業→頑張っている→評価される
・残業なし→頑張っていない→評価されない
上記の通りでして、日本の会社は上記の文化がまだあるのかなと思ってます。
ぼくは、これがとてもイヤです。ぼくの実体験ですが「効率よく仕事し、残業なし」で褒められることがないです。
日常的に残業している社員は、言い方を選ばずに言うと”効率が悪すぎるか”仕事の”やり方が悪い”のどちらです。逆に残業が少ない社員の方が「効率脳」でポテンシャルは秘めていると思ってます。
こんな会社文化に適合していく方が非効率で異常だと思うわけです。

みんなと一緒が安心

サラリーマンのありがちなリスク回避の代表例。国民性。

会社に守られている社員が周りの様子を伺い、周囲と歩調を合わせる風潮の結果は、ローリスクだけれどローリターンです。

とくに年功序列が根付いている大企業にありがちな体質です。日本社会に適合するにはしっかりローリスク・ローリターンでみんなと同じという行動を心掛ける必要があります。

グローバルにビジネスを展開する日本の大企業はいつまでたっても先行利益やポジション取りができず、今後苦しい時代に入っていくと思います。

なので、ぼくはローリスク・ローリターンが好きではないので適合するつもりもありません。

フレックスをフル活用→マイナス評価

日本の会社では、フレックス勤務を使って、毎日10時出勤していると「勤務態度が悪い」とマイナス評価になる会社があります。

本人は残業抑止する効果を狙って毎日10時出勤しているけれど、会社の文化は、協調性がない、責任感がないなどの理由で勤務態度がマイナス評価になるんでしょうけどね。(これは、ぼくの話でして10時出社して19時退社ですwww)

こんな会社は、いつまでたっても在宅勤務(リモートワーク)ができる制度改革は整っていかないわけでして、少子高齢化社会の中で労働者の獲得に苦労すると思います。

能無し上司はダルい

当たり前ですがサラリーマンは、上司を選べません。

なので、割と高い確率で無能な上司の下につくことがあります。ぼくの場合、何人か上司はいましたが、2~3割の確率で能無し上司でした。能無し上司と言っているのは、パワハラ、技術無し、無責任、無関心、無能な上司の事です。

こんな上司に毎日会ってコミュニケーションしろという方が適合困難ではないかとぼくは思います。

同じ仕事の繰り返し→飽きる

過去に2回転職してきたぼくは、「飽き性」です。

3年(約1万時間)も同じことをやれば、ベテランになれます。すると、ぼくは飽きてきます。他の新しいことをやりたくなります。

でも、仕事の内容は会社が決めるので、飽きてる仕事にモチベーションも上がりません。仕事内容の希望は出しますが、最終的に決めるのは会社なわけでして、なかなかうまくいかないものです。

ぼくは、やりたい仕事内容を選べないので、飽きて辛いわけです。

上記の通りでして、ぼくは生きづらさを感じる日本の会社の例でした。

「給料」→「稼ぐ」に意識が変わった

ここ数年でぼくの意識が変わりました。以下の通りです。

・20代:労働で貢献→給料
・30代:需要に供給→”お金”を稼ぐ

20代は、高い技術スキルを身につける事に集中して労働していました。例えば、問題解決や解析スキル、関連分野における基礎スキルの習得など、現場で使うスキルセットを磨いていたわけです。

でも、ある時「給料あんまり変わらない」に気付きました。会社の社員は、相対的かつ平均的な評価になってしまうので、どうしてもそうなりがち。

30代は、”お金を稼ぐ”事に集中していく事が大切だなと変わってきました。

日本では”お金”=”汚いイメージ”があるかもしれませんが、ぼくはそう思わなくなってきました。

だって「”お金”があるから生活ができる」「”お金”があるから選択ができる」「”お金”があるから大切なモノを守れる」からです。

さいごに:稼げればOKです

会社勤めしなくても社会不適合者でも稼げれば問題ない

ぼくは上記の考えです。

今は、給料・社会的信用が欲しいから会社勤めしています。でも個人で副業・複業しつつ社会にGiveしまくっていこうと思います。生活費ぐらい稼いで本業をリタイヤしていこうと思います。

理由は以下の通りです。寿命100年時代に、社会不適合者のぼくが会社の為に労働し続けるのは正直しんどいです。

・収入を会社だけに頼るのは怖い
・死ぬまで会社の為に労働はしんどい
・働き方改革の時代に早めに順応
・会社の時間→自分の時間で労働したい
会社のオーナの時間の為に労働しても会社のオーナーに還元されるだけで、個人への”還元”がありません。会社は個人を助けてくれませんからね。
一般論で、「社員労働の価値の20%が給料」と言われがちです。”80%”の価値は会社のオーナーにかんげんされるわけです。それを続けて”豊か”になるのは、会社のオーナであって、労働者ではないわけです。
ぼくは、生きづらい日本の会社の為に、我慢しながら労働し続けるほど、メンタルが強くないです。
というわけで、社会不適合者のぼくなりの結論は「フリーランス」です。
おわりです。
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